著作権に対する個人的な意見

最近、とても印象深かった出来事(→こちら)。彼女自身は多くの著作権を有するのだが、その彼女のつぶやきは一般の人々の気持ちをとてもよく代弁していると思う。
著作権法によれば、著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」である。著作権はこれらの著作物に対する複製・上演・演奏・上映・口述・公衆送信・翻訳、翻案等を著作者が支配できる権利である。著作権は財産権の一種であり、なんの手続きをしなくても著作または発表した時点で自動的に生まれる(無方式主義)。
また、単に財産として保護されているだけでなく、著作者の人格的利益を侵害する態様による著作物の利用(たとえば第三者による著作物の変更、切除その他の改変など)を禁止する権利である著作人格権も認められている。
さて、以下は私の個人的な意見です。
著作権が軽んじられると著作者の創作意欲が削がれるという意見があるものの、デジタル技術が発達するなかでの知識や情報には公共財としての側面が重要視されてきており、著作権を過度に保護することは必ずしも公共の利益と合致しない。財産権としての著作権の存続期間については、現行(著作者が死亡してから50年を経過するまでの間)よりももっと短い年限を定めることが望ましい。私のバランス感覚では、権利発生から5年間程度が妥当だと考える。一方、著作人格権については、著作者の生存中は保護されるべきである。

次のステップ

「人災」であるという調査報告書が提出された以上、次のステップは、関係者一人ひとりの行為(作為・不作為)を詳細に調べて、違法性が認められるならば刑罰を科すことである。
それが再発防止への第一歩になる。

「平器」について考えたこと

今回の北朝鮮のミサイル発射は、「平器」構想(→2010年6月23日の記事)について、より具体的に考える機会を与えてくれました。この件を通して、次のようなことを感じました。

  1. 身に降り掛かってきた火の粉を払う行為であっても、場合によっては相手に口実を与え、紛争や戦争の引き金になる可能性がある。
  2. 「平器」を作るには最先端技術が必要だが、まだまだそのような技術的レベルにはほど遠く、空想の域を出ない。
  3. 「平器」を作るには巨額に費用がかかる。
  4. 弾道ミサイルだけなく、さまざまな種類の攻撃に対する防御も必要である。
  5. どのような組織が「平器」を維持運用するかは、慎重に検討する必要がある。
  6. 「平器」を作るよりも、もう一歩進んで「平器」すら要らない世界を作ることが究極の目標である。

「平器」の要件も少し変わりました。

  1. 他者を攻撃して傷つける機能を持たず、ふりかかってくる火の粉を振り払うことだけに特化している(「迎撃」ではなく、むしろ「電磁バリア」や「防弾チョッキ」のイメージ)。
  2. それが「平器」に該当することが国際的な中立機関によって承認されている。
  3. 使用できる状況及び使用方法を定めた明確で具体的なガイドラインが制定されており、それに従って使用する場合は応戦と見なされない。
  4. 使用した際には、直ちに詳細な使用状況を公表する。