ALWAYS 三丁目の夕日’64の感想(→こちら)をきっかけに始めた’60〜’70年代と現在の比較のシリーズの(その3)は計算機です。ただし、今回は’60〜’70年代と現在の比較にせず、私が使ってきた計算機類を時系列で並べていきたいと思います。
’70年頃:トモエのそろばん
小学校高学年の頃に近所の珠算教室に通っていました。
友達がたくさんいたので、ほとんど遊びに行っていたに等しかったです。
読上算はわりと得意でした。それが意外にも就職してから役に立ちました。
’77年頃:SHARP EL-5001
関数なんてほとんど使いもしないのに新しい物好きなので買った電卓。
訳が分からないまま関数のキーを押して遊んでいただけで、
実用的には四則演算しか使わなかったです。
’80年:SHARP PC-1211
BASICでプログラミングできる電卓。
オプションでドットインパクトプリンタも備えたカセットインタフェースがありました。
大学3年生の原価計算の試験で大活躍し、
半数以上が「不可」という試験でみごと「良」を取りました。
(今は絶対にこんな電卓は試験会場に持ち込み不可でしょう)
<パソコンの登場までしばらく計算機に対する関心は薄れます。>
’91年:NEC 98note NC
98ノート初(世界でも初?)のTFTカラー液晶搭載のノート型パソコンで、
私が初めて買ったパソコンです。
今では考えられないことですがOSは別売りで、MS-DOS3.3Cを買いました。
CPUはi386SXで、途中からCyrixのCx486SLCに置換しました。
HDDは当初は40MBで、これももっと大きなものに替えました。
ATOKか松茸か選んで起動するためにcofig.sysとautoexec.batを編集していました。
OSは、MS-DOS→Windows3.0→3.1とアップデートしていきました。
’95年:DEC CELEBRIS GL 5133 ST
CPUはPentium133MHzで、
オンボードにMatrox Millenniumを搭載。
OSは当初はWindows3.1で、すぐにWindows95にアップデートしました。
当時としては間違いなく最速マシンでしたが、
その後パソコンのスペックは加速度的に進化したので
すぐに時代遅れになってしまいました。
’98年:Macintosh Performa 588
会社でDTPのために導入したMac。
クラシック環境がとても魅力的でしたが、
作業中に落ちて、青ざめたことが何度も……
’00年:DOS/V機を自作
マザーボード:ASUS P3B-F(440BXの定番のボード)
CPU:Pentium3 700MHz
メモリ:PC100 SDRAM 128M×2
グラフィックボード:Millennium G400
<その後に3台ほど自作>
’02年:Power Mac G4 933MHz
個人で初めて買ったMac。
クラシック環境とMac OS Xのどちらも起動できました。
当時としては性能にまあまあ満足していましたが、
冷却ファンの騒音がとても大きかったです。
’08年:Mac mini (Mid 2007)
ほんとうはMac Proが欲しかったのですが、
とても無理なのでMac miniを買いました。
Intel Core 2 Duoはまあまあ速くて、
このマシンは今でも現役です。
’11年:Mac mini Server
自宅サーバーとして買ったけれど、
家族にはあまり活用されていないので、
Lionをインストールしてクライアントとして利用しようと目論みましたが、
どうやらクライアント用OSはインストールできないようです。
’11年:Mac mini (BTO)
今メインで使っているマシン。
2.7GHz Intel Core i7、750GB HDD+256GB SSD、メモリ8GBと、
けっこうハイスペックです。
とくに起動ディスクをSSDにした効果は大きいです。
よく考えると、これとは別にPDAの遍歴を書けそうです。
'60〜'70年代と現在の比較(その2)お菓子について
(その1)に続いて(その2)はお菓子についてです。
<’60〜’70年代>
- 前田のクラッカー
- 源氏パイ
- エンゼルパイ
- かっぱえびせん
- パラソルチョコレート
- ビスコ
- グリコ
- 春日井のシトロンソーダ
- カルミン
- ライオネスコーヒーキャンディ
- ハイクラウンチョコ
- ココナッツサブレ
- カップヌードル(お菓子じゃないけど)
- 名糖ホームランバー
- 王冠の裏に当たりがあったペプシコーラ
<現在>
- うまい棒?
最近のお菓子はよく知りません……
’60〜’70年代と現在の比較(その1)子供の生活について
「ALWAYS 三丁目の夕日 ’64」の感想を書きましたが(→こちら)、「この時代と現在で、どんなことがどんなふうに変わったか?」をまとめてみたくなりました。ただ、私1人が書いてしまうよりも、皆さんにコメント欄にどんどん書き込んでいただければいいなあと思っています。対象年齢を増やすために、比較を’60〜’70年代に広げたいと思います。
(その1)は「子供の生活について」です。
<’60〜’70年代>
- とにかく毎日毎日草野球ばかりしていました。学校の始業前にも昼休みにも運動場で野球していたし、放課後は近くの公園で日が暮れてボールが見えなくなるまで野球をしていました。
- 学校の帰り道に小川やあぜ道でザリガニ採りをしながら帰るのが日課でした。
- インベーダーゲームが登場した1978年に私はもう大学1年生になっていたので、当然子供の頃にはテレビゲームはありませんでした。よくやったゲームは「バンカース」や「人生ゲーム」というボードゲームです。また、かなり大きくなってからも積み木をして遊んでいました。プラモデルもよく作りました。
- いちおう塾にも通ったし受験勉強もしましたが、自分の時間全体に占める割合はかなり少なかったように記憶しています。
- 昔の先生は威厳があって、怖くて、先生の言うことは聞かなければいけないという感覚がありました。それがよかったかどうかは、微妙な問題ですが……
- 何か知りたいことを調べる手段が限られていました。図書館に行っても、田舎の図書館には自分の知りたいことが書いてある本はありませんした。
- 遠くの人と知り合いになる機会も限られていました。
<現在>
- 昔はひとりでに子供が集まって野球の試合が始まりましたが、最近は球技禁止の公園が増えてきました。そのせいか、現在は野球でもサッカーでも、チームに所属してプレイすることが多くなったように思います。自分の下の子は小学校のときに少年野球のチームに入っていました。そのときの友達とは成人した今でも連絡を取り合っているようで、子供にとってはいい体験だったと思っています。
- 地域差がありますが、都会では自然がとても少なくなってきました。子供は自然の中で遊ぶほうがいいと思います。
- ディスプレーとコントローラーを使ってするゲームが子供たちの遊び時間のかなりの部分を占めるようになりました。手触りの実感のない遊びは、子供の成長にとって問題ありと思っています。
- 受験戦争は昔よりも激化していると思います。少子化がさらに進むのだから、大胆な発想の教育改革が必要だと思います。
- 学校という「場」がとても病んでいるように感じられます。はっきり言って、???という先生が増えたと思います。教師は10年くらい別の社会経験を積んでからでなければなれないくらいの制度改革が必要だと思っています。(まあ、????という親もいますが……)
- ちょっとググれば、たいていの情報にアクセスできるようになりました。ただし、受け取った情報の質を見極める力が求められるようになりました。
- その気になれば、世界中の人と交流するチャンスが開けました。
ぜひ、子供の生活について、昔と今の違いをどんどんコメントして書き込んでいただけると嬉しいです。
追記:今気づいたのですが、「子供の生活について」というより「男児の生活について」という内容になっていますね。女性の方にはたいへん失礼しました。「女児の生活について」もコメントしていただけるとうれしいです。