1945年4月2日、チビチリガマには約140名の人が避難していました。竹槍を持って外に出て行った人のうち男性2人がガマの前で倒れたのをきっかけに、人々はパニックに陥って集団自決を始めました。83名が亡くなり、そのうち6割が18歳以下の子供だったそうです。この場所でこのような悲惨な出来事があったことを、私たちはしっかりと後世に伝えなければならないと思いました。
参考文献:読谷村の戦跡めぐり(読谷村史編集室・500円)
赤塚洋の“Living life in peace” vol.1
2004年8月から2017年9月までのブログ(CURURU→ppBlog→Wordpress)
1945年4月2日、チビチリガマには約140名の人が避難していました。竹槍を持って外に出て行った人のうち男性2人がガマの前で倒れたのをきっかけに、人々はパニックに陥って集団自決を始めました。83名が亡くなり、そのうち6割が18歳以下の子供だったそうです。この場所でこのような悲惨な出来事があったことを、私たちはしっかりと後世に伝えなければならないと思いました。
参考文献:読谷村の戦跡めぐり(読谷村史編集室・500円)