去年から進化心理学の本を読み進めてきて、ヒトの自意識や他者の思考を推測する志向姿勢が、大脳皮質のメンタライジング・ネットワークの働きによって生み出されていることがわかってきました。その働きを、さらにもっと具体的に知りたくて、医学的な見地から書かれている『意識はいつ生まれるのか 脳の謎に挑む統合情報理論』を読んでみました。
進化について考える時には「どうしてそんなふうに進化してきたのか?」「どんな淘汰圧がかかっていたのか?」といったことが中心的な論点でしたが、医学(特に臨床現場)における論点(あるいは具体的なニーズ)は、「患者に意識があるか否かを確実に診断したい」「患者の意識を回復させる可能性はあるのか?」といったことになります。
以下に、この読書によってわかったことをまとめます。
- ヒトには意識があるが、睡眠時や麻酔を投与された時には意識が失われる
- 睡眠時においても、レム睡眠で夢を見ている時には意識があり、感覚器官との信号が遮断されているにもかかわらず、夢のなかで視覚や聴覚などを感じている。
- 全身麻酔下で手術を受けている患者に意識が戻ってしまうことが、ごくまれにあるが、全身が麻痺しているので、患者は意識があることを医師に伝えることができない
- 事故などで脳に重大な損傷を受けた患者には意識がある場合もない場合もあるが、患者の反応だけから意識の有無を判定するのはとても難しい
- 脳には約1000億個のニューロンがあるが、そのうち800億個は小脳にあり、視床ー皮質系には200億個しかない
- 意識的な動作(たとえばテーブルの上の紙コップをつかむ)においても、動作の細部(どのあたりで指を開き、どれくらいの強さで握るといったこと)は無意識に行われており、このような意識にのぼらない動作は、小脳によってコントロールされている
- 小脳の各ニューロンは、小脳内の他のニューロンとは繋がっておらず、入ってきた信号はそのニューロン内だけで処理されて外部にアウトプットされる(小脳はバラバラの器官の集合体であり、そこで情報が統合されることはない)
- 小脳は意識には関与しないので、小脳を全摘しても患者の意識はほとんど影響を受けない
- 一方、視床ー皮質系に損傷を受けると、損傷部位に特有の感覚が失われる
- 重いてんかんの患者に対して、脳の片半球に発生した異常な信号がもう一方の半球に波及しないように脳梁を離断する外科手術が行われることがあるが、この手術を受けた患者には、大脳の左右の半球それぞれが生み出す2つの意識のまとまりが生まれる
- 視床ー皮質系に信号が入ると、縦横無尽に張り巡らされた無数のニューロン網を通じて視床ー皮質系全体に信号のエコーが伝わり、情報の統合が行われる
- 上記のような視床ー皮質系全体に及ぶ情報の統合は、意識がある時(覚醒時やレム睡眠で夢をみている時)に起きる反応で、意識がない時(深いノンレム睡眠時や麻酔時や植物状態)にはこのような反応は起きない(図を参照)
- 刺激を受けてからそれが意識にのぼるまでに0.3秒程度のタイムラグがあるのは、視床ー皮質系全体に情報が伝わって情報の統合が行われるまでに時間がかかるからである
- われわれは、感覚器官が脳に送った信号を直接感じているのではなく、視床ー皮質系が持っている膨大な情報量のレパートリーのなかから選ばれた感覚がわれわれの意識にのぼるのである
- 意識のオンオフには、ニューロン内にある正の電荷を持ったカリウムイオンの量が関係しており、カリウムイオンがニューロンの外に排出されると意識がなくなる
【脳の情報統合理論】
「意識を生み出す基盤は、おびただしい数の異なる状態を区別できる、統合された存在である。つまり、ある身体システムが情報を統合できるなら、そのシステムには意識がある。
情報の多様性と統合が意識の基盤だとわかりましたが、その基盤があるとなぜ意識が生まれるのかには、本書は踏み込んでいません。その答えは、どうして生命は誕生したのかの問いと同じく、永遠に答えが出ないのかもしれません。ただ、言えることは、ヒトにおいては統合のレベルが格段に上がったことで、高次のメンタライジング能力が得られたのだと思います。
それから、脳梁を離断されると大脳のそれぞれの半球による2つの意識が生まれることや、カリウムイオンの動きによって意識のオンオフが制御されることは、精神がけっして霊的なものではなく、物質の働きによるものだということの証拠だと思います。
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