生物はそれぞれ生きている環境に適応するように進化してきました。各生物が適応してきた環境のことを、その生物の適応進化環境(Environment for Evolutionary Adaptation=EEA)と言います。
およそ20万年前にアフリカに出現した現生人類(ホモ・サピエンス)にも、適応進化環境があります。ただし、ヒトの場合は、約7万年前にアフリカを出て、熱帯から寒帯まで地球上のあらゆる場所に広がったので、気候に関しては、これがヒトの適応進化環境だと特定できなくなりました。それでも、概ね以下のような環境が、ヒトの適応進化環境だと言えます。
- 水や食物を求めて(サバンナなどを)歩き回る狩猟採取生活をしていた
- 肉も植物も食べる雑食だった
- カロリー摂取はかつかつで、糖や脂肪や塩は不足しがちだった
- 20〜50人程度、多くても150人以下の小集団で共同作業を行った
- 子育ても共同で行った
- 食物を保存することができないので、採れただけをみんなで分けあって食べた
- 基本的に階級や格差はなく平等な社会だった
現代のヒトの遺伝子は上のような狩猟採集生活をしていた当時からほとんど変化していません。
なお、ヒトが定住して農耕や牧畜を始めて以降は環境が激変しましたが、それは約1万年前からで、ヒトの進化史全体から見るとごく最近のことです。社会がこれほどまでに激変したのは、突然変異と自然淘汰によるものではなく、ヒトが言語を駆使し、新しい文化を生み出してきたからです。
その結果、現代社会の生活環境は、元々の適応進化環境から大きく乖離してしまいました。これほど大きく急激な変化にヒトの適応が追いついていないのが、現代人が抱える「生きづらさ」の根底にあるようです。たとえば、
- 糖や脂肪は簡単には手に入らなかったので、摂取を控えようという歯止めの機構がなく、際限なく摂取して肥満になってしまう人が増えた
- 以前は共同で子育てをしていたのに、極端に母親に子育ての負担がかかるようになってしまった
- 富の蓄積が可能になり、社会が階層化し、あからさまな不平等や格差が生じた
- 農耕や牧畜の開始を機に男性優位の家父長制が広まり、女性が差別されるようになった
- 夜間もヒトの活動が止まることがなくなった
- 何万年単位でゆっくりと変化してきた社会が、日々目まぐるしく変化するようになった
- ダンバー数の150人をはるかに超える大きな組織の中で生きることに強いストレスを感じる人が多くなった
- ヒトの活動領域がサイバー空間にも拡張されつつある
我々は、もはや狩猟採集生活に戻ることはできませんが、ヒトが適応してきた元々の環境がどんなものであったかを理解してそれに配慮することが、少しでも生きやすい社会を作るうえで重要ではないかと思います。
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