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Consideration

「自尊心」が戦争を引き起こす理由

この記事この記事の続編です。

地球上の動物のなかで、同じ種の他の集団に対して侵入襲撃を仕掛けるのはヒトとチンパンジーだけです。すでにアップした【改訂版】「戦争」に至る進化の道にも書きましたが、その理由は、配偶者獲得の競争によって形成されてきた男性(雄)の攻撃的な気質に加えて、大脳新皮質の発達によってこの2つの種の心に芽生えた「自尊心(pride)」が権力欲や支配欲を駆り立てるからです。このことは、リチャード・ランガムとデイル・ピータソンの『男の凶暴性はどこからきたか』が詳しく説明しています。

自尊心が芽生えるためには、少なくとも「他者は自分とは違うことを考えている」ということを認識する能力=メンタライジング能力が必須です。メンタライジング能力には志向性があって、チンパンジーは2次、ヒトは5次以上の志向性を持っています。

【表1】メンタライジングの志向性

志向性
1次私は[雨が降っている]と思う
2次あなたは[雨が降っている]と考えていると私は思う
3次あなたは[人智を超えた世界に]神が存在する考えていると私は思う
4次神が存在し、私たちを罰する意図があるとあなたは考えていると私は思う
5次神が存在し、私ちを罰する意図があることを、あなたと私は知っているとあなたは考えていると私は思う

それでは、自尊心はなぜ芽生えたのでしょうか。そういう心の動きが進化するためには、進化論的な理由(=生存と生殖に有利だという理由)があるはずです。新谷優の『自尊心からの解放』では、自尊心が進化した理由として、次の2つをあげています。

  • 自分の所属している集団社会に思想的・宗教的・文化的価値を見出し、それと一体化することで、たとえ自分が死んでも、自分の所属している集団は永遠に存続すると感じることが、死の恐怖を緩和してくれるから【存在恐怖管理理論】
  • 自分が他者からどれくらい受け入れられているかを測る計測器として機能するから→太古には、集団から排除されることは死を意味した【ソシオメーター理論】

このような進化上のメリットがある一方で、自尊心は困難や失敗などによって脅威を受けやすく、とても脆いものです。特に、自尊心を特定の領域(たとえば、外見、他者からの受容、競争で他者に勝つこと、学業能力、家族からのサポート、倫理的であること、神の愛など)に随伴させている度合いが高いほど、その領域における困難や失敗は大きな脅威になります。自尊心に強く執着している場合、その脆さに起因して、次のような弊害が生まれます。

  • 自尊心の高い人は、困難や失敗などで自尊心に脅威を感じると攻撃的になる
  • 自尊心の高い人は、自尊心に脅威を受けると、到達する可能性が低いような高い目標を設定する
  • 自尊心を守るために、チャレンジを避け、簡単に成功する課題ばかりを選ぶようになる
  • 自ら失敗の種をまいておくことで、失敗は自分の能力不足のせいではなく、別の要因によるものだという口実を作る(セルフ・ハンディキャッピング)
  • 失敗を回避するためであれば、不正行為も行う
  • それでも失敗をしてしまった時には、責任転嫁などの防衛的な反応をみせる

さて、ここで注意を要することがあります。『男の凶暴性はどこからきたのか』の「自尊心」は、原書の「pride」を日本語に訳したものです。一方、『自尊心からの解放』では、自尊心とプライドを区別しています。自尊心は「自分自身を全体的に捉えたときに、自分を好ましいと感じ、価値ある存在だと思う程度のことであり、自己に対する肯定的な評価や感情」です。一方、プライドは「誇り、面子、自信などを含む感情」で、偽物のプライドと本物のプライドがあるとのことです。偽物のプライドは、自己愛と高い相関があり、優越感や虚栄心が含まれ、他者からの評価に過度に反応し、簡単に傷ついたり、反発したりします。これは自尊心が低い人の特徴に似ています。一方、本物のプライドは、自信があり生産性が高く、自尊心と高い相関があります。

言葉の定義はとても微妙で難しいですが、ここではひとまず「自尊心」と「プライド(pride)」をまったくの別物だとはせずに、自尊心の感情的な側面(つまり自尊心への執着と、脅威に対する防御的態度)にフォーカスを当てたものが「プライド(pride)」だとしておきたいと思います。

さて、ヒトの為政者が戦争を引き起こす過程は歴史上にたくさんの事例があるので、その代わりに野生のチンパンジーが他の集団に侵入襲撃を仕掛ける様子を『男の凶暴性はどこからきたか』に沿ってまとめてみます。

チンパンジーの群れは数十頭くらいで、遊動域を形成していますが、時々複数のオスたちが遊動域の境界を超えて、隣接集団の遊動域に侵入します。そこでたまたま単独行動している個体を見つけた場合、その個体に攻撃を加えて殺してしまうことがあります。この時、襲撃集団のメンバーたちは興奮し大きな声をあげます。そして、襲撃が終わると、また自分たちの遊動域へと戻っていきます。この侵入襲撃は、なわばりの防衛とは次元の違う意図的な暴力行為です。

『男の凶暴性はどこからきたか』では、オスのチンパンジーたちのこのような凶暴性の源は自尊心だと結論づけています。壮年期のチンパンジーのオスの生活のほとんどは、群れの中の序列(=支配権)の問題に関わっています。オスたちは、トップの座を手に入れるためにはどうしたらいいか、そしてそれを維持するためにはどうしたらいいかについて大きなエネルギーと時間を費やします。チンパンジー以外の動物のオスも序列をめぐって争いますが、それはあくまでも生殖のためです。ところがチンパンジーの場合は、高い地位につくこと自体が目的になっています。オスたちが隣接集団に侵入襲撃を仕掛けるのは、それによって自分の力を誇示し、少しでも高い地位につきたいと思うからであり、その欲望に火をつけているのが自尊心です。付け加えると、人間の戦争もその原因を深く分析すれば、地位を巡る競争から始まっていることがほとんどです。

チンパンジーが恐ろしい凶暴性を持っている一方、チンパンジーと最も近い種であるボノボには、このような凶暴性がまったくありません。両者の遺伝子型はほとんど同じにもかかわらず、さまざまな環境要因の違いによって表現型が変化し、ボノボから凶暴性がなくなったのです。このことは、同じく近縁種であるヒトにもそのまま当てはまります。ボノボの社会の有り様から、ヒトが戦争をやめるヒントが見つかるような気がします。

チンパンジーとボノボの違い

チンパンジー
ボノボ
集団はオスの血縁で形成され、他の集団のオスに対してなわばりを防御する
同左

オスはトップの座を得るために激しく闘い、危険をおかすオスはトップの座を獲得することにそれほど強い関心がない
優位者は権力をふりかざす優位者が権力をふりかざすようなことはほとんどない
オスがすべてのメスを支配しており、自らの優越性を謳歌している両性は対等であり、一位のメスと一位のオスは同等、最下位のメスと最下位のオスも同等
オスはメスの排卵期(交尾の時期)を把握しているオスはメスの排卵期がわからない
オスのメスに対する力ずくの交尾や暴行や子殺しなどの暴力的な行動が見られる左記のような暴力的行動はまったく見られない
母親は息子を支援するが、それほど影響力はない息子が他のオスたちの競争に勝つには母親の支援が非常に重要
メスは他のメスと同盟を組むことはないメスどうしの同盟関係が強く、互いに支援し合う
メスを他のオスの暴力から守ってくれるのは配偶者のオスだけメスあるいはその息子がオスから侵害を受ければ、同盟を結んでいるメスたちが味方になって反撃してくれる
性行為は繁殖の手段性行為は友人を作る手段でもある(支援ネットワークを作るためにメスどうしも性行為をする)
なわばりの境界域で2つの集団が出会うと争いになるなわばりの境界域で2つの集団が出会っても衝突が起きず、友好的な交流が始まることもある

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